生物は、ゲノムに保持する遺伝子の構成を変えると同時に、遺伝子産物
の織りなす分子間ネットワークを進化させてきた。ゲノムの変化は、分子
間ネットワークおよびその制御メカニズムのいかなる変化と結びつくのだ
ろうか。本研究は、分子間ネットワークの中でも、比較的理解の進んでい
る大腸菌の代謝経路を対象とし、この問題に答えることを目指している。
我々は、代謝経路・ゲノム・遺伝子の進化的関係を相互に比較するため
に、二つの相異なるグラフ間で局所的に類似する部分クラスターを探索す
る計算手法を開発した。ここでグラフとは、代謝経路上の酵素のつながり、
ゲノム上の遺伝子のつながり、遺伝子間のホモロジーによるつながりなど
を表すものである。この手法は、まず、両グラフ間で強く類似するクラス
ターのコア部分を探し、次に両グラフ上で、そのクラスターを拡大してい
く。抽出される類似クラスターの数に関する統計的有意性は、グラフのノー
ドをシャッフルすることにより見積もられる。
本手法を、ゲノム塩基配列が全て分かっている大腸菌の代謝経路と配列
類似性の比較に応用した結果、(1)代謝経路上近傍で機能する相同配列
酵素群、(2)対応する各酵素間に相同性がある類似反応経路群、の2つ
のタイプの類似クラスターを検出した。特に(1)は、統計的に有意に多
く得られ、遺伝子重複が代謝経路上でも近傍に現れる傾向を示している。
年会では、各クラスターの内容、遺伝子重複との対応、および、本手法で
検出できなかった残りの相同酵素について詳細に報告する。
(第20回日本分子生物学会年会1997年12月16〜19日、京都、29日 口頭発表)